月別アーカイブ: 2013年2月

村野藤吾からシーザ・ペリへ

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天王寺に立ち寄ったところ、近鉄百貨店跡に建つあべのハルカスの現場で、あのエレガントなバルコニーのレリーフが今まさに撤去されようとしていました。

心斎橋そごう・神戸大丸・新歌舞伎座など、村野藤吾が手がけた名建築が姿を消しつつあるけれど、「消費文化に身を捧げた村野さんからしたら、消えていくのが本望ちゃうかなあ」と建築家の吉井歳晴さんが以前言っていたのを思い出して、妙に納得してしまいました。

建築を見る

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久々に愛知県立大学講義棟(吉村順三/1966-1971)をみてきました。

公共的な建築は、空間がもつスケールや機能における時代の要請に追随できなければ淘汰されるという宿命を抱えています。
その点でいくとこの建築は明らかに時に取り残されている様に映るけれど、その丹念なディティールは現代建築には感じられにくいデザインへの意志・執念を感じました。

スーザン・ソンタグ再考

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ほぼ10年ぶりに、スーザン・ソンタグを読み直した。
彼女への批判はたくさんあるけれど、戦火のサラエボで『ゴドーを待ちながら』の演出に望むその「世界の理解の仕方」や「世界との向き合い方」には、彼女独特の作法を強く感じる。

『行進に参加したり、何かを歌ったりする前に守るべき鉄則とは—共感の強弱はさておいて、その場に居合わせて、そこで、じかに、かなりの時間、その国、戦争、不正義、その他の対象について体験していないかぎり、自説を世に問う権利はないということ。
/そのような直接の知識と経験がないならば、沈黙すること』

『内藤廣と若者たち』を読む

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これほどまでに自分をさらけ出して、自身に偽りの無い言葉・論理を社会に提示しようと努めることに持続的な人を、僕は内藤さんの他にほとんど思い当たらない。

『どこまで「私」を積み重ねたら他人と異なる「私」になれるか、という考え方には、限界があると思う』

思ったとしても、あるいは意識のどこかに朧げにあったとしても誰も口に出してこなかったことが、この本には正直に鋭く綴られていて、読んでいて覚醒させられる。

内藤さんと同じ時代を生きていることは、僕にとって大きな救いだと思う。

陽光習作

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デンマーク出身の画家ヴィルヘルム・ハンマースホイ。
2008年に東京で大規模な回顧展が行なわれた際の作品集を見返してみて、改めてこの絵がいいなと思った。

ハンマースホイが好きな建築関係者はたくさんいるけれど、彼の描く空間のある種の「危うさ」に対して惹かれる感覚は、僕も設計する際に意識したいと思う。

都市のシンボルについて

大阪を車で訪れると、吹田のインターで太陽の塔が迎えてくれる。
「大阪にきたなあ」と気持ちが高揚する瞬間。

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シンボリックな構築物が街の顔となっている例として、京都駅ビルの大屋根空間にもよく似た高揚感を感じる。
あるいは、海外から関空に帰国すると、JR環状線で大阪市内に向かう車窓に通天閣が霞んで見えるにつけて、「無事日本に帰れたなあ」と感慨深かった記憶がある。

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そんなことを考えると、インフラの玄関口にその都市特有の構築物を配することは、
都市のアイデンティティを意識させるのに有効である。

だけど、東京や名古屋には、このような気持ちを掻き立てる都市のシンボルが無いように思う。コクーンタワーもツインタワーもスパイラルタワーも、街を象徴するようなエネルギーを発しているとは、僕には思えない。
個人的な思い出や記憶が関係しているだけの話かもしれないけれど。

きりん

130220

名古屋で設計活動を始めました。
住宅・店舗・リフォーム等の計画をお考えの方、ご興味あればご相談下さい。
僕のもちうるすべてをかけて、心のこもった空間をつくります。