月別アーカイブ: 2013年5月

青天のオープンハウス

先週末に一宮の家のオープンハウスを行ない、
一般のお客様・建築関係者を含めてたくさんの方々にお越しいただきました.

 

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お庭づくりで汗を流してつくった「小屋」も、キリッとした佇まいで
見学の皆様を出迎えていました.

 

 

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所用でお昼過ぎに現地に着いたのですが、
来てみるともうすでに西のお庭で子供が走りまわっていました.

 

道路からの目隠し壁にボックスを取り付けてベンチのようなものをつくったことで

ほどよく囲われて、人が居られる 居たくなる場所になったのがわかって
ほっと胸をなでおろしました.

お庭づくり

一宮の家のお庭づくりを行ないました.

 

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手前に建てているのは駐輪スペースのちいさな家型.

 

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大工さんにご協力いただいて、屋根に木の板を葺いています.

 

DSC_0076その奥の玄関前には土を盛って庭師さんにオリーブとブルーベリーを植えていただきました.

学生さんにもお手伝いいただき、盛った山に芝を貼りました.

 

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駐車スペースの外壁として半透明のポリカーボネイトを貼っていきました.

家具作家さん、設計士さんに汗を流していただき四苦八苦しながらようやく完成しました.

 

IMG_4284西側のお庭にもブルーベリーと、中木のエゴノキを.

 

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最初の庭木を植えた瞬間に、それまで敷地に異物として挿入された感があったこの建物と

その周辺環境との境界が、ふっとやわらいだ気がしました.

Vrin

日本ではあまり知られていないかもしれないけれど、スイスのVrinという小さな村で

ささやかな建物をつくり続けているGion.A.Caminadaという建築家がいます.

 

一番有名なのは、a+uに掲載された この「家畜のための建物」だと思う.

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伝統工法を引用して現代のフォルムをつくることの新しさや、

美しい山並みに呼応するひかえめな佇まいから、彼の作品は国際的な人気を博しています.

 

 

で、僕が好きなのが、この死体安置所. 上の写真では背景に溶け込んでいます.

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「BSI SWISS ARCHITECTURAL AWARD」

 

生気を吸い取られたような外観. 石瓦の異質な素材感. 人を寄せ付けないような窓の取り方. 窓周りのデイティールの不安定さ.

これを見ると、Caminadaが単に伝統的な工法を大切にするだけの「ノスタルジックな作家」などではなく、

デイティールに配慮することで意識の読み替えや抽象化を行ない、建物に鋭い輪郭を与えていることが感じられます.

 

と言いつつ、訪れたことがないこの村.

いつかこの人に会うことができる日が きてほしいと思います.

 

 

 

こだわりのカレー屋さん

自分のしごとを人に説明するとき、

「こだわりのカレー屋さん」とたとえることがあります.

 

香辛料を厳選して 調理方法を工夫して じっくり煮込んだカレーは、

そこでしか出せない味となって お客さんに豊かさを提供します.

 

一日限定10食で、しかもお店はとても辺鄙なところにある、

運よく注文できてもすぐに料理は出てこないし、値段もそこそこ高い.

それでもわざわざ遠方から来て、並んでまで食べにくる人がいる、

そういうお店は確かにあります.

 

だけど一方で、

「駅前のチェーン店のカレー屋さんだってすごくおいしいじゃない」という気持ちもあります.

 

その幅は誰でも持ってる、もってなきゃ嘘だと思うけれど、

ぼくはこだわりのカレー屋さんになりたいので、

駅前で食べられる安くて 早くて そこそこうまいカレーを求めてきた人に

こだわりのスパイスを力説することの虚しさを 抱えながら、

どうしたら住空間は豊かになるかを 毎日考えています.

 

 

 

 

『住風景を創る』 益子義弘

「ディティールは、あるべき空間を、より確かにする技術である」

(中略)

イメージと実際との乖離.

なだめすぎて生気をうしなうものたち.

納めすぎて単調になる場所.

いつも繰り返すその解き明かしの作業は、きついけれどもまた楽しみでもある.

それを通して確かな場所ができる.

人の間合いと場所のかたち

以前読んだときは漠然としかわからなかったことが、

今実感をともなって理解できつつあることが

嬉しく思います.

『建築をつくる者の心』 村野藤吾

住宅の設計を依頼されると「どんなものでもいいから、その人に何かを描いてもらう」

という村野の考え方は、

消費者の欲求と常に対峙し それに応えることを避けられない商業建築というビルディングタイプにおいて

自身の建築を展開した 村野らしい態度だと思う.

 

と同時に、「建築家は99%建主や社会的な条件を受け入れた後で、1%残った村野で全てをひっくり返す」

という言葉には、「社会的芸術」をつくる者としての美意識とプライドが見て取れる.

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あまりに謙虚で、本の中でも引用されている佐藤功一さんの言葉がつよく残りました.

 

「諸君、甘くみてはだめですよ、頼む人はみんなイメージがあるんだ、

ただそれを表現する方法を知らないから、任せると言っているんだ」 

 

緑をさがして

一宮の家の植栽を選びに、岐阜の土岐にある造園屋さんに行ってきました.

 

ブルーベリーやハナノキ、ヤマボウシの苗を安く入れていただけることになり、

家の佇まいが木々で彩られるイメージがふくらみました.

 

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写真は 斑入りが珍しいユリノキ.

チューリップのような形をした白い花を咲かせます.

 

今回この木は植えませんが、新緑の季節に薄い緑が映えて 存在感があり、

今度機会があったら植えてみたいと思いました.

おもてなす気持ち

スリランカの国民的建築家ジェフリー・バワの建築を参照してデザインされたナンザンハウスへ行ってきました.

単にデコレーションとしてバワを模すという域にとどまらず、

外部と内部の繋がり方や切り方、その一連の流れの中にある抑揚のテンポがとても寛容で、

バワの思想を汲んで「構成を模す」という姿勢が貫かれていました.

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と同時に 現在はイタリアンレストランや結婚式場として使用されているこの施設には

、随所にお客の気持ちを高揚させるような表層的な意匠がほどこされてもいます.

 

以前「すべての建築はおもてなしである」と誰かが言っていたけど、

言いえて妙だと思う.

 

この施設デザインした人はわからなかったけれど、作家性に逃げずに即物的な人間の欲求に向き合う姿勢はかっこいいなあと思いました.

 

 

原風景

なつかしい風景があります.

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今は年に何回かしか訪れなくなってしまったけれど、

 

陰ではなく光を 場所ではなく時間を 音楽ではなく音を 歌声を

ものではなく人を 冬のガスヒーターの匂いを 図書館みたいなこもった匂いを

感じて、ここに自分がいることが許された風景.

 

たまに訪れたくなります.