10人いれば10人ともが違った考え方をして 違った感じ方で違った生き方をしている.

それぞれが違う脳で思考し、想像し 違う身体で活動し 違う感受性でものを受け止めていく.

当たり前だけれど、このことは面白くもあるし むずかしさを感じることでもある.

 

例えば、面白い発想をするクリエイターの話を聞く.

なるほどなあと思うけれど、自分が家を設計するときに置き換えてみると

そんな発想はできない自分を認識させられる.

それは方法論を真似るとか習慣を変えるというような すぐに自分に取り込めるものではなくて、

その人が生きてきた過程で培ってきた「癖」が積み重なった結果として生まれていて

同じことをやろうとしても たぶん面白くはならないだろうと気付く.

 

自分のことで考えてみても、今住宅を設計する際のプロセスは

修業時代にコンペ案を考えたときや 学生時代に設計課題をつくったときと本質的には変わってないし、

例えば、成果物を一旦寝かせてその後何度もチェックするようなやり方は

もっとさかのぼった受験生の時に単語を暗記した時とも同じイメージでやっていると思う.

自分の特性を受け入れて、より高いパフォーマンスをするにはどうしたらいいかと考えると

自然に自分のやり方が定まってくる.

 

けれど、それだけだと 自分が大きく動かられることもまた ないんだろう.