何もできない時間をつくる

先日TV番組で寝台列車の特集が放送されていて、

大阪―札幌間を22時間かけて走る「トワイライトエクスプレス」や

九州を縦断する「ななつ星」が紹介されており、

いつかこれに乗りたいなあと思いを馳せていました.

 

これらの電車の旅を見て思うのが、日常生活の感覚を切り離すということがいかに贅沢な行為になってしまったかということだ.

この寝台車の運賃は百万円近くする部屋もあるぐらい高価で、一流ホテルのような設備やサービスが提供されている.

食事はフランス料理のコースが楽しめたりするらしい.

だけど、じゃあそこで何をするのかというと

乗客同士で話をしたり、早起きして朝日を眺めたり、車窓のチューリップ畑を愛でたり

そういうことをするということだ.

 

貧乏性の僕は、「こんなこと家でもできるじゃないか」と思ってしまうけれど、

その反面気持ちが分かる部分も確かにある.

 

金銭レベルが全然違う話だけど、最近遠方の出張に高速バスを使うことがあります.

いつでも誰にでも連絡がとれたり どこでもインターネットに接続できる、暇つぶしには事欠かない時代にあって

バスの中で、ある不自由さをともなった時間が 僕にとってはとてもだいじな「ものを考える場所」になっている.

車内での読書は、家でのそれと比べてすさまじい集中力を発揮します.

仕事のことや家族のことを考えたり、久しく会っていない人のことを考えたり、どうでもいいことを考えたりする時間が実はなかなか日常で持てないことを

こういうときに深く感じます.

 

睡眠中に脳内で情報が整理されるように、強制的に何もできない時間をつくることが

思考を自然な流れに修正していくように思います.