「やらないこと」と「やれないこと」

 

個人的な話ですが、

僕は小さいころから眼が弱い子供でした.

先天的原因 後天的原因の両方が挙げられますが、

とにかく「日常生活に支障がでるかもしれない」と昔から言われながらも

なんとか現在 運転免許が持てる程度には視力をキープしているという状況です.

 

建築設計という眼を酷使するしごとをずっと続けていけるのかという「問い」は 常に頭のどこかにあるけど、

一方で頭のまたどこかでは 「この眼がつぶれても やりたいんだろう」という 諦めのような感情があります.

 

 

学生時代に関わりのあった人で、

「生まれつき眼が弱かったので建築家になれなかった」という建築学科の先生が居たけれど

僕は、その先生は「なれなかった」んじゃなくて「ならなかった」んだと ずっと思っています.