変わらないこと

オリンピックが盛り上がりをみせています.

そこで、ふと思い立って14年前の夏にブラジルを旅したときの記録を見返してみました.

マラカナン

リオで買った絵葉書には改修されてオリンピック会場になる前のマラカナンスタジアムが.

僕がここを訪れる5年前に、ときのローマ法王であったヨハネ・パウロ2世がここでミサをおこなった.
その情景を想像しながらスケールの大きさに圧倒されました.

 

コルコバード

コルコバードのキリスト像.

あいにく霧で景色は何も見えなかったけれど、
立体的な都市空間の使い方に目を見張りました.

 

ただこれらの良さは、大陸ならでは壮大さとか、
デザインから受ける新鮮さ 目新しさのような
ある分かりやすさの上に有りました.

異国の人ならなおさら、誰がみてもすごいと思うし感動もする.
だから観光地としてとても人気がある.

 

それに対して、写真や日記を見返して「ここが一番しっくりきてたな」と思うのは

Paranaguá

Paranaguaという港町の古い博物館でした.

この博物館を中心に広場がつくられ、この広場を中心にこの地区がつくられている.
広場は海を向き、連続したウッドデッキによってビーチにつながっている.
ウッドデッキ沿いにはバーや食堂がいくつかあって、いつも人が出入りしている.
混雑することなく、人とのほど良い距離感と 緩くかかった音楽が成す一体感が心を穏やかにする.
砂浜で近所の子どもとサッカーをして過ごした.

ここで感じた良さは、僕の中にもともと存在していた感覚をParanaguaの都市空間に見出だしたという点で、
他とは異なっている.
自分の中に無かった感覚を得た感動よりも、自分の中に在った感覚と共振した感動が大きかった.

 

14年後の今、この博物館を建築として見ても、やっぱりとても魅力的だと思う.

この10年建築設計を生業としてから知識や技がいくらかついたかもしれないけれど
感覚的に良いと思うものはたいして変わっていないということに、
ある種の安心感と、そんな奇想天外な発想はできないという諦念を覚えました.