月別アーカイブ: 2017年8月

気持ちを乗せる

以前ブログにアップした手描き図面の取り組みを少しずつすすめています.

あまり詳細な図面はクライアントにご迷惑をかけてしまうため、
空間構成のわかる立体的なダイアグラムのみを公開することにしました.

Three huts house

その他の手描き図面はコンセプトブックに載せる予定です.

線を引く作業は取り掛かるまでは億劫に感じることもありますが、
一度始めると「もっと伝わりやすく描くには」「もっと綺麗に描くには」と気持ちが乗ってきて
結構な時間を費やしてしまいます.

他の業務に支障のない程度に楽しみたいと思います.

村野藤吾の椅子で

仕事とプライベートを兼ねて関西方面へ.

まさかの携帯電話紛失で待ち合わせなどにドキドキしましたが、
何とかミッションをこなしてきました.
関係者の皆様にはいろいろとご迷惑をかけてしまい、すみませんでした..

そんな中恩師に会うために大阪で待ち合わせ.

事前に連絡して携帯電話が使えない旨を伝えると、
「上本町の都ホテル1階ロビーにある村野藤吾がデザインした椅子で」
ということになりました.

最近は待ち合わせ場所が曖昧でも現地で連絡を取り合えばいいということで、
具体的な場所を決めることが少なくなった.
でも、こんなに具体的に待ち合わせ場所を決めると安心感がある.
椅子に座って待っているイメージが具体的にできるからだろうか.
そして、必ず会えるという確信が持てるからだろうか.

少し早めに行って、座り心地を堪能しました.

デビュー

先日進捗をアップした木角の家が完成し、工務店主催でオープンハウスが開催されています.
9月いっぱい迄土日は毎週行われており、工務店のスタッフにご案内いただけるそうです.

完成写真は追ってアップしますが、この機会に設計事務所が工務店を組んでつくった標準化住宅をご覧いただければと思います.

ご興味ある方はきりんのコンタクトフォームからご連絡いただければ
詳細情報をご返信いたします.
(私が現地のご案内をすることも可能です)

すでにご購入の申し込みがあり、ブラッシュアップした2棟目の建築も進んでいます.
一般解として考えてきたことを込めており、社会への拡張性という意味で可能性を感じるプロジェクトです.

仕事がすすむとき

建築設計の検討(スタディと言います)には、膨大な時間を費やします.

あれこれと試行錯誤を繰り返し、ようやく固まってきても調整を重ね、
他によい案が出ればまたゼロからやり直し.
クライアントの要望やコストオーバー等の予期せぬ事態も絡んできます.

 

積み上げては崩してまた積み上げる 果ての無いような作業の中で、
積み上げるピースの形や状況が何となく分かってくる.

すると、「ここにこれを積むと次にこれが積める」とか
「これをあそこまで積むとこんな形になる」とか、先が読めるようになる.

感覚をつかみ始めると、短時間でいろいろなバリエーションが展開できるようになる.
さらにそれらのいい悪いの判断もすばやく出来るようになる.

何度もこの作業を繰り返す.
次第にその場所にあるべき建築の姿が見えてくる.

設計は積み上げる作業だけれども、
最終的にはそこに自然な佇まいで存在できるものを明らかにしていく感覚がある.
そう考えると、木や石の中に姿形を見い出し 彫り起こしていく彫刻家の作業に近いものがある.

 

スタディに終わりは無いですが、「これでいい」と心に落ちるまでは続けるようにしています.
もう少し続けたらもっと良いものになったかもしれないし、全然違うものでも成り立ちうるかもしれないけれど、
「これでいい」と思えたらある一つの正解に達したのではないかと思います.

経験を重ねて「これでいい」の感覚とそれに対応した建築や空間の精度を上げていきたいと思います.
そして、こんな生産性の無い仕事を理解し(ようとし)てくれる家族への感謝を心に留めていたいと思います.

やさしくデザインする

息子の誕生日に、妻がかわいい花を買ってきました.

白や薄いグリーンが基調の、華美ではないけれど品のある静かな雰囲気の花束です.

それを見て、「やさしくデザインする」ということを考えました.

 

何かをデザインする時、デザインする人間はそこに自分の個性やセンスを込めようとする.
ただそれがあまり強い主張になりすぎると、受け手に対してもあたりが強くなってしまう.

確かに芸術作品の中には受け手の価値観を覆すような強い表現があって、
それはそれで意義深いとも思う.

ただ日常に寄り添ったものをデザインする場合、強い表現は強い刺激やともすれば受け手に対する攻撃となり、日々の感覚になじまないことがあるように思う.
強い表現には「こう見て下さい」とか「こう見られたい」というつくり手の一方的な想いを感じてしまう.
(これを設計者の仲間内で「いやらしさ」と表現することがある)

デザインされたものをどのように受け取るかということは、本来受け手に与えられている自由であり
自由な受け取り方を許容するような懐の深いデザインに憧れる.

 

以前ある建築家に教えてもらった花屋で、妻と一緒に花束を買ったことがあります.
そこは花のラインナップ、店内の雰囲気、店員さんの服装等どれも「簡素なオシャレ」を徹底していて
ストイックな雰囲気を醸し出していました.

お客さんの想いを汲むのではなく、「自分たちの商品はこうです」とスタイルを固持するスタンス.
そういうスタンスにファンがついてくるのか商品の価格は総じて高め.
建築家の間でもよく名前が出る有名なお店ですが、「お高くとまっている」というのが僕らの共通した印象でした.

今回お世話になった花屋のような、こだわりと柔軟さのバランスが心地さをもたらすものづくりをするためには
どうしたら良いか 考えています.

これで良かったのか

今まで設計した建物を手描き図面でおこしています.

僕の世代は図面をCAD、いわゆるパソコンソフトで描くのが一般的ですが、
上の世代は製図板にトレーシングペーパーを貼って手描きで図面を描いていた時代があります.
今でも建築士の製図試験は手描きで実施されていますが、それ以外で若い設計者が手描きを必要とされる場面は少なくなってきています.

手描きの図面は描く人の迷いや自信などの心の持ち様が表れるということで
施工者にとっては描かれている事実以上に伝わるものがあると聞きます.

大学院時代に建築家の図面をトレースすることに始まり、卒業設計もたくさんの手描き図面を描きました.
手描き図面の何とも言えない「味」がかっこいいと思っていました(つまりコミュニケーションツールとしてではなくプレゼンスタイルとしての手描き)が、
こうして過去の仕事の軌跡を辿ることは、自分の今後のものづくりの方向性を再確認させてくれると感じました.
あの判断はどうだったのかと.

今後、描いた図面はHPにUPしていく予定です.