やさしくデザインする

息子の誕生日に、妻がかわいい花を買ってきました.

白や薄いグリーンが基調の、華美ではないけれど品のある静かな雰囲気の花束です.

それを見て、「やさしくデザインする」ということを考えました.

 

何かをデザインする時、デザインする人間はそこに自分の個性やセンスを込めようとする.
ただそれがあまり強い主張になりすぎると、受け手に対してもあたりが強くなってしまう.

確かに芸術作品の中には受け手の価値観を覆すような強い表現があって、
それはそれで意義深いとも思う.

ただ日常に寄り添ったものをデザインする場合、強い表現は強い刺激やともすれば受け手に対する攻撃となり、日々の感覚になじまないことがあるように思う.
強い表現には「こう見て下さい」とか「こう見られたい」というつくり手の一方的な想いを感じてしまう.
(これを設計者の仲間内で「いやらしさ」と表現することがある)

デザインされたものをどのように受け取るかということは、本来受け手に与えられている自由であり
自由な受け取り方を許容するような懐の深いデザインに憧れる.

 

以前ある建築家に教えてもらった花屋で、妻と一緒に花束を買ったことがあります.
そこは花のラインナップ、店内の雰囲気、店員さんの服装等どれも「簡素なオシャレ」を徹底していて
ストイックな雰囲気を醸し出していました.

お客さんの想いを汲むのではなく、「自分たちの商品はこうです」とスタイルを固持するスタンス.
そういうスタンスにファンがついてくるのか商品の価格は総じて高め.
建築家の間でもよく名前が出る有名なお店ですが、「お高くとまっている」というのが僕らの共通した印象でした.

今回お世話になった花屋のような、こだわりと柔軟さのバランスが心地さをもたらすものづくりをするためには
どうしたら良いか 考えています.