月別アーカイブ: 2017年9月

デザインする

最近、「デザインする」という行為は、

形を生み出す作業ではなくて

状態や関係性をつくったりととのえたりすることだと感じるようになってきた.

それは時間軸のような予測不可能性や、人の感情のような不確定で曖昧なもの、
制度やシステムのような抗えないものなどを許容する寛容さの中にある.

みんなどうにもならないことはそれとして受け入れながら
自分の人生をデザインしている.

謙虚な人

金城学院大学で同じ非常勤講師として教鞭をとっている
先輩建築家と食事をしました.

建築教育について、大学事情について、建築の作法について、事務所経営についてなどなど
話は多岐にわたり楽しい時間を過ごさせて頂きました.

先輩からすると、独立して間もない僕のような若輩者が生意気な口をたたくのを聞いて
説教のひとつでもしたくなるというか、アドバイスでもしたくなるのかなと思います.

けれど先輩はあくまで謙虚で、ご自身のことは気恥ずかしそうに言葉少なに語り、
20才以上離れた僕の話にゆっくりと耳を傾けて同調していただきました.

建築をやってきてよかったと思うことのひとつに、建築を語り合うときに年齢差など一瞬で消えてしまうということがあります.
あの街のあの建物がよかった、あの建築家のつくるものはこういうところがいいと話すことに互いの境界は必要ありません.

 

たまにお会いする別の先輩建築家で、とても尊敬している方が居ます.
その方もとてもつつましやかで、「謙虚」であることがこんなにも相手を心穏やかにさせるのかということを
お会いする度に感じます.

とても名の有る建築家で多くの評価を得ているにもかかわらず、
その方は別れ際に必ず「またいろいろ教えて下さい」と言います.

僕もそんな風に後輩に接することができるといいなと思います.

ものを大切にする心

役所への書類提出のついでに、三重県立上野高校の明治校舎へ.

明治33年に三重県第三尋常中学校の校舎として建設され、
現在は卒業生である作家横光利一の資料館として一般公開されていると同時に
学校のシンボルとなっています.

中央の玄関ポーチと両脇に和風入母屋屋根が印象的な校舎で、
三重県の登録有形文化財に指定されているそうです.

この建物は校庭に面していて、校内で最も良い場所に建っています.
既に学校建築としての機能を失った校舎を取り壊し、校庭を広くするか新しい校舎を建てるといった計画が持ち上がることが想像できるけれど、
ここでは建物を保存するという方針が貫かれて
今もなお学生や教員、地域の人々に親しまれるものとして維持され続けています.
関係者の方々に敬意を表したいと思いました.

古くなったものを捨ててすぐに新しいものを手に入れようとする時代感覚は
少し見直されてきているように感じます.
この校舎のようなあり方に心惹かれるのもそのひとつです.

建築をつくることで、そのような「兆し」の一助になるように
心がけて仕事をすすめています.

風景の粒

家族で愛知県新城の阿寺の七滝へ.

滝までの山道を歩いている時、妻が「粒が細かくてきれいだ」と言いました.

シダ系の細かい葉の植生、小さな砂利や土の地面、樹木の肌理.

確かにどこを見ても繊細な質感を感じました.

街のアスファルトの道路や建物のマットな外壁、大味な街路樹とは大きく印象が異なっています.

そこにしか無い、しかも時間の経過とともに変化していくこの質感は、人間のコントロールが及ばない美しさを持っています.

 

最近設計をするときに大切にしているのは、風景にどう受け入れられるかということです.

どんな優れた建築も、風景からその存在を許容されることがその条件だと思います.

設計する場所が どれぐらいの大きさの粒をもった場所であるのかを理解することが、
そこに建つべきもののあり方に、素材や納まりや空間構成の選択に大きなヒントになります.

再会

Three huts house の1年点検.

大きな不具合は無く、細かい補修を工務店にお願いしました.

丁寧に住んでいただいているクライアント、しっかりつくっていただいた工務店や職人さんに、
改めて感謝の気持ちになりました.